Vol.20<岩手県遠野市>
林太郎へ
「東北行って来る!」と言って家を出て、北を目指したけれど、父ちゃん気がついたら遠野というところに来ていました。東北のちょうど真ん中辺りになるでしょうか。稲刈りが始まった田んぼが「寄って行って」と声を掛けてくれているように感じました。
旅をするとき、行く先を決めて準備をするのもいいのだけれど、父ちゃんは何も決めずに旅に出るのが大好きです。窓から見える風景を見ながら、あっちへ行こう、こっちへ行こう、と決めるのです。
父ちゃんは夜、車を止める場所にこだわります。静かで、人に迷惑をかけないところ。そして翌朝が楽しみな所を探し、眠ります。
朝、目覚まし時計がなくても自然と目が覚めます。狭い車内で眠ると、ちょうど体が痛くなってくるのです。そして、父ちゃんが車で眠る一番の理由。それは朝の風景を特別な場所で楽しむことができるから。
だんだんと空が青から赤に変わり、辺りが明るくなってきます。今日は稲刈りの終わった稲架が朝日に照らされています。
計画して目的地に向かうよりも、旅の途中で偶然に出会う場所が好きです。父ちゃんは父ちゃんが見つけた最高の朝を今日も独り占めしました。
(2014年10月1日)
公文健太郎プロフィール
1981年生まれ。1999年から、ネパールを舞台にドキュメンタリー写真を撮り続け、写真集やエッセイ、写真展などで発表。また、近年は世界各地にテーマを持ち、作品づくりを続けている。写真集に『大地の花―ネパール 人びとのくらしと祈り―』(東方出版)、『BANEPA―ネパール 邂逅の街―』(青弓社)、フォトエッセイに『だいすきなもの―ネパール・チャウコット村のこどもたち―』『ゴマの洋品店―ネパール・バネパの街から―』(ともに偕成社)などがある。2012年日本写真協会新人賞受賞。